世界保健機構(WHO)は高血圧、喫煙、高血糖に次いで、身体活動不足を全世界の死亡にたいする危険因子の第4位として位置づけました(2010年報告)。それを受け、日本でも「健康づくりのための身体活動基準」および「健康づくりのための身体活動指針(アクティブガイド)」が2013年に施行され、健康づくりのための運動は、いたるところで推奨、宣伝されています。
たしかに運動は、筋肉や体の機能を維持し、疾病を予防するという利点のほかに、精神面にもさまざまな良い影響をおよぼします。運動により、不安や痛みを和らげ幸福感をもたらしてくれるエンドルフィンの血中濃度が安静時と比べ著しく増えることや、ストレスの軽減、ストレスレジリエンスの向上効果なども知られます。しかし、やみくもに運動をすればいい、というわけではなさそうです。
「Alimentary Pharmacology & Therapeutics」(6月7日オンライン版)に掲載されたモナッシュ大学(オーストラリア)の研究によると、長時間にわたる激しい運動は体内にストレスを引きおこし、胃腸にダメージをあたえ、胃腸機能を低下させるといいます。
これは、運動中の筋肉に血流が集中すると胃腸への血流が不足し、必要な酸素や栄養分が十分にいきわたらなくなるためだと考えられています。また、副交感神経の働きが抑制されることにより、胃や腸の動きが鈍くなり、消化・吸収不良が引きおこされます。その結果として腸管壁の損傷、そして浸漏がおこり、腸内細菌が血流に入り込むなど、内毒素血症を引きおこす原因にもなります。
この過度の運動による胃腸損傷は、〝運動誘発胃腸症候群″(Exercise-induced gastrointestinal syndrome)と呼ばれます。今回の研究では、最大酸素摂取量(VO2Max) 60%で2時間以上の運動は、健康状態にかかわらず腸に影響をおよぼすことがわかりました。
主任研究員のリカルド・コスタ氏は、「HealthDay News」(6月7日)において、運動中の水分補給、そして少量の炭水化物を運動前と運動中にこまめに摂取することで胃腸の血流を促し、体内ストレスが引きおこす各種の胃腸障害を改善できると報告しています。また、短期間〝低FODMAP″と呼ばれる食事療法をおこなうことにより、胃腸の症状が緩和されるとしています。
FODMAPとは、小腸で吸収されづらく、そのために大腸で短時間に発酵してしまうオリゴ糖、二糖類、単糖類、ポリオールといった特定の炭水化物の総称です。これらの炭水化物は腸管内の水分量に影響を与え、便秘、下痢、おなかの張りなどの症状を引きおこします。
〝低FODMAP″食事療法では、FODMAPを含む食材を最小限まで控え、その後、おなかの調子をみながら、1つずつ食材を足していくという療法です。この食事法は、過敏性腸症候群の有効的な治療方法としてオーストラリアや北米(カナダ・アメリカ)などでは認知されており、実践している人も増えてきています。
ホリスティックな観点からオプティマルヘルスを実現するためには、良好な消化吸収が欠かせません。ストレス時には、ただでさえ消化吸収力が低下しますので、胃腸の機能を整えることに目を向けていくことが大切です。
なにか運動をはじめようと思ったとき、とくにストレス軽減のために運動をしようと思ったときは、自分にあった、そして自分で快適だと感じる範囲の運動方法、運動量を心がけましょう。
参考文献:
Exercise-induced gastrointestinal syndrome-implications for health and intestinal disease
Efficacy of the low FODMAP diet for treating irritable bowel syndrome
厚労省:「健康づくりのための身体活動基準2013」及び「健康づくりのための身体活動指針(アクティブガイド)」について
過度の運動に腸の損傷リスク